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■ 原マンション管理士事務所
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◎マンション管理問題判例
8.2 阪神・淡路大震災被災マンション建替決議最初の司法判断
弁護士 太田 尚成(戎・太田法律事務所)
神戸地方裁判所 平成11年6月21日判決
1.経緯
周知のように、マンションの建替えには区分所有者全員の合意によるものと、区分所有法62条所定の多数決によるものとが存在します。前者については、多数の区分所有者の全員の合意を得るということが事実上難しいことは当然ですが、法的には全員の意思に基づくものですから、難しい問題はあまり発生しません。
これに対し、後者の場合には、少数ながら、反対の区分所有者が存在するため、その財産権を保証する趣旨に基づき、区分所有法62条においても「費用の過分性」の要件がさだめられており、この要件を満たしているかどうかが重大かつ解決困難な争点となりえます。
阪神・淡路大震災においては、被災地において多数のマンションが大きな被害を受け、各マンションの区分所有者らが当該マンションの復興方針(建替えか補修か)を巡って意見が一致しない結果となり、種々の問題が生じましたが、多くのケースでは、結局、区分所有者ら残忍の合意によって復興方針が決められました。しかし、このような全員合意が成立しないまま、多数決建替えの方針をとらざるをえなくなった例もあり、その場合に、成立した建替決議に対し建替反対派の区分所有者らから無効確認訴訟が提起されたケースが4件ありました。その4件のうちで、過分性の要件等多数決建替えに関する多数の問題に関し、裁判所の最初の判断が出たのが本件訴訟です。
ちなみに、本件は震災による損傷が原因で多数決建替えに至ったケースではありますが、区分所有法上、災害による場合に老朽化による場合とで多数決建替えの処理が区別されず、統一的に規定されていることから、多数決建替えを巡って生ずる諸問題を解決するに当たって極めて重要な意義を有する判例です。
2.本件マンションの建物の概要
本件マンションは、神戸市灘区の市街地の北東部、阪急六甲駅の北東約1.4kmに位置し、市街化区域、第一種中高層住居専用地域にあります。六甲山系から続く南向きの傾斜地にあり、北方には林地が迫り、西方は急傾斜となって石屋川に向かい、東側には階段式にマンションが建設されており、南方は学校敷地です。付近は高台の閑静な住宅地であり、日照、通風等は良好ですが、街路は比較的急峻な坂道が多くあります。
本件マンションは、昭和55年8月23日に建築された鉄骨鉄筋コンクリート造、一部鉄筋コンクリート造、陸屋根塔屋2階付12階建、建築面積2,371.83u、延床面積15,794.43uの建物であり、住戸が177,
店舗が1です。住戸部分は、3つの棟、五つのブロックにわかれていますが、建物下部の基礎は各棟ごとに共通であり、中央部分にはエントランス及びエレベーターホールがあり、ここから三つの棟がそれぞれ南、西及び北方向に延び、各棟は廊下によって中央のエレベーターホールに接続しています。
3.建替決議に至る経緯と決議内容
平成7年1月17日、本件マンションは阪神・淡路大震災により被害を受けました。管理組合は、震災直後からライフラインの復旧、危険箇所の応急処置を行う一方、一級建築士に建物の構造耐力の調査を実施させるなどし、同年4月1日には、その調査結果が住民説明会で報告されました。
他方、管理組合は、本件マンションの元請施工業者に対し、共用部分の補修案と見積りの提示を依頼したところ、当該元請施工業者は、技術者を現場に派遣して調査を行ったうえ、同月19日付見積書を管理組合に提出しましたが、見積書によれば、補修費用総額は14億2,200万円でした(専有部分の他、戸境壁、床等は含まず。1戸あたり約800万円となります。A案)。さらに、管理組合から徹底的にコストダウンした見積りを求められた当該元請け施工業者は、同月27日頃、補修費用見積総額約8億6,460万円の B案を提示しました。このように補修費用がかなりの金額に上がることがあきらかになるに従って、区分所有者らの間で建替えの方法によるべきであると考えるものが増えていきました。そこで、管理組合は同月29日、説明集会を開催して本件マンションの復興について当該元請施工業者に説明させたところ、区分所有者らから建替案を具体的に検討するよう要望があったため、補修と建替えを総合的に検討するため復興協力委員会を発足させました。
復興協力委員会から A案、 B案の西院検討を依頼された当該元請施工業者は、コストダウンを図りつつ、区分所有者間の公平や本件マンションの外観にも配慮した C案(補修総額10億3,300万円)を提示しました。他方、復興協力委員会は、建替案については、神戸市分譲マンション復興支援グループに概略設計と事業費の概算の提示を依頼しました。
同年7月2日開催された説明集会で補修と建替えの両案について調査検討の成果が報告され、その際、基礎と杭頭に損傷があり、杭以深部にも損傷の可能性があることが報告されました。さらに、同年8月20日開催された臨時総会において建替方針決議が出席者167名中139名の賛成で成立しました。
4.本件訴訟の概要
平成8年9月15日開催の管理組合の臨時総会では、総議決権数178票中、賛成は140票に留まり、建替決議は不成立に終わりましたが、その後の調査により、さらに3名の賛成者が存在したことが判明しました。そこで、平成9年1月12日に再度開催した臨時総会において、総議決権数178票中、148表の賛成により建替決議が成立しました。その後、右総会の招集者であった管理組合理事長から催告が行われ、催告機関経過後、本件建替決議に賛成しなかった区分所有者らに対し、賛成派の区分所有者の一部から売渡請求権が行使されました。
その後、平成9年4月28日、建替えに賛成しなかった区分所有者ら(以下「建替反対派」といいます。)が、管理組合を被告として本件建替決議の無効確認訴訟を提起し、その後、別の非賛成派区分所有者らの同様の訴訟と併合されました。他方、売渡請求権を行使した賛成は区分所有者ら(以下、管理組合を含めて「管理組合等」といいます。)がその相手方らに対し、各区分所有建物の明渡し、各区分所有権等の移転登記手続、売渡代金額の確認を求めて提訴しましたが、この訴訟事件も、結局、上記建替決議無効確認訴訟に併合されて一括して審理され、平成11年6月21日、判決が下されました。
5.本判決の内容と問題点
(1) 本判決においては、
@ 費用の過分性の有無
A 建替決議の手続的瑕疵の存否
B 売渡請求権の行使の対象なった区分所有権等の時価
C 具体的な代金額を提示せず、代金の提供もない売渡請求の有効性
D 売渡請求によって成立した売買契約の取消・解除の可否
E 建替反対派による再売渡請求の可否
F 所有権移転登記手続・建物明渡しと代金支払との同時履行関係の有無
が争点となりました。
(2) 本判決は、@の費用の過分性の争点について、以下のとおり判断経緯により積極に解しました。
即ち、費用の過分性につき、区分所有建物が、物理的な効用の減退により建物の使用目的に応じた社会的効用を果たすために社会通念上必要とされる性能を損ない、その効用を維持、回復するために必要な費用が相当な範囲を超えるに至ったことをいうものと定義しました。そして、上記範囲を超えるに至ったか否かは、建替決議当時における当該建物の時価と建物の維持、回復費用との比較のみによって判断するのではなく、建者の利用上の不具合その他建物の現状、土地の利用に関する周囲の状況等、建替えの要否の判断に際して社会通念上検討されるべき諸般の事情を綜合考慮し、区分所有者が当該建物を維持することが合理的といえるかどうかによって判断すべきであるとしましたが、その際、建物の効用の維持、回復に必要な費用は、建物の使用目的や効用の要求水準という区分所有者の主観的な価値判断に左右されるものであるから、右費用の認定にあたって、建物がその効用を果たすべき性能水準についての多数の区分所有者らの主観的判断は可及的に尊重されるべきであるとしました。そして、前記建替決議い至る経緯等から判断して、同決議成立の時点では、多数の区分所有者らは、仮に本件マンションの補修を行うとしても、当座の生活に支障がない状態に復することはもとより、建物の美観及び区分所有者間の公平が保たれ、さらに構造上の安全性が保障されることを、回復されるべき建物の効用として重視していたとし、前記建替決議の前提となった議案書案(基本的な補修方針は、構造躯体は阪神・淡路大震災前の強度(旧耐震基準)を前提とし、仕上げは生活上支障ないものとし、各戸内のスラブ、戸境壁(耐力壁)の修復は調査不足のため予想数量に留め、雑壁(非耐力壁)の修復は、コンクリート打直しを費用最小限に留める等というもの)による補修工事の費用約10億6,955万円に(調査不足のため同案では省かれた)杭及び基礎の調査費用を加えた金額が、本件マンションの効用回復に必要な補修費用であると認定し、さらに杭及び基礎の調査の結果、基礎及び杭の安全性が問題となり、さらに調査、補修費用が必要となる可能性も否定できないとしました。これらの事情に加え、本件マンションが、わが国に中高層の区分所有建物が建築され始めた時期以来経験したことのない大規模にな地震によって、被災し、急激かつ強大な外力にため、これまでの調査で発見されなかった損傷や部材の劣化が発生していて、それによって補修後に不具合が生じ、将来、調査及び補修のための費用が必要となる可能性も十分に考えられ、また、このような事態が発生するかもしれないという区分所有者らの不安も理解可能であり、さらに、一般に被災建物であることを理由とする区分所有建物の取引的価値の低下も否定できないことを併せ考慮すると、本件については費用に過分性の要件を充足するものと帰結しました。
(3) 建替反対派は、本件マンションの補修工事について、当該元請施工業者が作成した見積書を前提とした前記議案書に対する反証として、建替反対派と友好関係にある中小の改修専門業者作成の対案的な見積書(大半の補修項目について工事単価が半額以下に設定されていた。)を提出しましたが、本判決はこれについてその内容等を検討したうえ、その見積金額に十分な信頼性をみとめることはできないし、また、追加工事の要否、見積金額の比較のみによって、改修専門業者のほうが全体的な補修費用が安価になると断定することはできないとして採用しませんでした。
(4) さらに、建替反対派は、法62条1項による建替決議を行うためには区分所有建物の価格の0.5を超える部分が滅失することを要し、減失割合がそれ以下のいわゆる小規模滅失については区分所有法61条1項による復旧が認められるにすぎず、同法62条1項の建替えは許さないと主張しましたが、本判決は、同条項は、同法61条5項に規定する場合であることを要件としておらず、建物の滅失割合について何ら規定していないから、建物の価格の2分の1を超える部分が滅失したか否かを問題としていない趣旨と解釈すべきであるとしました。
また、建替反対派は、「建替費用」と「建物の効用を維持、回復するために必要な補修費用」とを比較して、後者が前者の50%を超えない場合には費用の過分性なしと判断すべきである旨(いわゆる50%ルール)主張しましたが、本判決は、区分所有法62条の条文の体裁や立法趣旨にてらして採用できないとしました。
さらに、建替反対派は、本件マンションが構造的に五つのブロックに分かれているから、建替え
の要件も各ブロックごとに判定すべきである旨主張(いわゆる連担棟の問題)しましたが、本判決は、本件マンションにつき、住戸部分は三つの棟、五つのブロックに分かれているものの、建物下部の基礎は各棟ごとに共通であり、各棟は廊下によって中央のエレベーターホールに接合し、外壁もほぼ連続していて、いずれかの棟のみを取り壊し再築することは極めて困難と考えられるから、物理的に一体不可分の建物とみるべきであり、建替決議の要件は、その全体について判断するのが相当であるとしました。
(5) A建替決議の手続的瑕疵の存否の争点について、本判決は、管理組合は何回も説明集会を開催して、補修と建替えの利害得失、補修案と建替案についての検討結果等を区分所有者らに説明し、アンケート調査も実施しており、さらに、依頼したコンサルタントグループ(弁護士、建築士等で構成)が、区分所有者らに対し、建替え及び補修の両案について、直接面接したり、集会の席上で説明し、前記9月15日付臨時総会の議案書には建替案及び補修案の内容が詳細に記載されており、本件建替決議賛成者らのおおくが本訴訟後も賛成の意思を表明していることからして、管理組合が適切な情報を提供しなかったといえず、さらに補修費用の算出根拠が薄弱であるとも金額が過大であるともいえないから、本件建替決議の賛成者らが誤って表決をしたとは認められないとして、瑕疵の存在を否定しました。
(6) Bの売渡請求権の行使の対象となった区分所有権等の時価の争点について、本件判決は、売渡請求権行使の時点では、建替決議がなされているのであるから、「時価」は建替えを前提とした取引価格によって算定されるのが相当であるとしたうえ、具体的には更地となった建物敷地の価格から建物除去費用を控除した金額によって算定するのが相当であるとしました。そして、売渡請求権行使時点での、本件敷地の建付地価格を建物除去費用を勘案しつつ、取引事例比較法による比準価格、収益還元法による収益価格及び開発法による価格から査定し、各区分所有建物の位置に基づく階層別・位置別効用積数比を求め、建付地価格を効用積数比により配分する方法で算出した管理組合等が提出した鑑定評価書の金額が採用されました。
(7) さらに、本件判決は、前記CないしFの各争点について、売渡請求権行使の際に具体的な代金を提示する必要はなく、代金の提供がなくても売買契約が無効となることはない旨、代金の未提供は売渡請求権の行使によって成立した売買契約の取消及び解除原因のいずれにも該当しない旨、建替反対派らによる区分所有法63条6項による再売渡請求については、本件マンションの取り壊し工事に着手できないのは、建替反対派らが前記建替決議の有効性を争って任意に建物を明渡さないことが原因となっており、同条項但書の正当な理由があるときに該当するから、認められない旨、当該区分所有権等について担保権の登記がされていないものについては、移転登記手続及び明け渡し請求と代金支払との間に同時履行の関係が存するが、担保権の登記がされているものについては民法577条の規定によって同時履行の抗弁権が存在しない旨、それぞれ判断しています。
(8) 以上の本判決のシンダンは、概ね、区分所有法に関する多数あるいは有力説の見解と合致する内容となっており、判例としての安定性も十分に存在するのではないかと考えられます。特に前記CないしFの争点について本判決の裁判についてはほとんど異論がないものと考えられるところ、司法の公権的な判断によって裏付けられたわけですから、今後の法定多数決による建替手続きの実務においてはこれを前提とした取扱いが行われることになるでしょう。(なお、Cについて本判決と同様の判断を示したものとして、神戸地方裁判所平成9年8月12日保全異議事件決定、大阪高等裁判所平成10年3月3日保全抗告事件決定があり、これと反対に判断を示したものは見当たりません。)。Bの争点についても、土地評価の専門家である不動産鑑定による不動産鑑定の手法について、司法判断がその正当性、適切性を肯定した結果となっており、現行法化での多数決建替手続実務における影響力は非常に大きいものと思われます。
最大の問題点は、やはり費用の過分性(前記@)に関する判断です。現行法のシステムにおいては、その規定内容は非常に抽象的かつ多義的であって、具体的な適用に関して種々の問題が生ずることは不可避であるにも関わらず、事前に公的機関が関与することもなく、いわば素人である区分所有者ら(管理組合)の自主的な手続・判断・リスクによって多数決建替えが進められることになっています。確かに少数の反対者の所有権の過分性を巡る判断の不安定性、困難性についてのリスクをこのような一般の区分所有者らに負わせるのは相当ではないのではないでしょうか。もちろん、その議決手続等において反対派に対する暴行、脅迫行為が行われなり、その意見表明のチャンスが継続的に奪われたりしたような特殊な場合ともかく、本件のように説明や集会が何度も開催され、コンサルタントも導入する等して法律をはじめ様々な問題にも配慮して進められた建替えについては、当該区分所有者らの自主的な判断を十分に尊重する必要があると考えられます。本判決も、具体的には、建物の効用維持・回復費用について判断するに当たってその効用を果たすべき性能水準について、多数の区分所有者の主観的な判断を尊重すべしとするだけであれますが、その背後には、上記のような考えが存在するのではないかと思われます。なお、本判決においては、建物の効用維持・回復費用と対比されるべき被災(後)建物価格の算出に関し、基本的には管理組合等の主張(日本不動産鑑定協会不動産カウンセラー部会作成に係る
「区分所有法六一条による1/2滅失判定手法について」に依拠・準用。)。がみとめられたものと思われますが、その点は判決上明示されていないように思われます。
6.所見
今後、時を経るに従って、多数のマンションの建替え問題が発生することが予想されます。このようなときに、まず、老朽化を原因とする多数決建替えのケースであるS住宅事件の判決が出された(大阪地判平成11年3月23日)のに続いて、建替えのもう一つの類型である被災を理由とする多数決建替えにおけるある本判決が出され、いずれにおいても費用の過分性が極めて重大な問題として争われました。本判決は上記事件の判決と並んで、今後の多数決建替えにおける諸問題に関する解決の極めて重要な指針となりうるし、また、被災マンションに関する残りの三つの訴訟への影響力も無視できないものがあると思われます。
ただ、基本的には、マンションの多数決建替えにおいて、現行法のような区分所有者らに困難な問題とリスクを負担させるようなシステムが妥当なものといえるのか、立法論的に疑問の余地なしとしません。
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